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住まいの創造人バックナンバー
日当瀬 賢 氏

更新日 2017/04/03

日当瀬 賢 氏

小山工建(株)
取締役社長

 れいめい中・高校を経て、東京工業専門学校建築科、青山学院大学経営学部経営学科で学ぶ。卒業後、大手のマンション会社、木造注文住宅メーカーでの勤務を経て、父親が経営する家業の小山工建に入社。2年前から取締役社長。少人数で年間約10棟の新築住宅を手掛ける。累計着工戸数は約200戸。「自然に笑顔になれるお客様の暮らしを追求しよう」と、笑顔の経営をモットーに掲げる。「みんなが幸せになれるように」との思いがふつふつと伝わってくる。家族は妻と息子の3人。趣味はアウトドア、サッカー。本社は鹿児島市城山町15-3。さつま町出身の37歳。

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高品質で低価格、味わいのある快適な住まい

不可能を可能にした真壁づくりの家

内観1 大学卒業後に就職した大手マンション会社で、一時倒産の危機に遭遇。大手住宅メーカーでは、営業を経験し、効率経営の重要性などを学んだ。〝残業は当たり前のがむしゃらな根性論〟、もう片方は〝残業をするやつは能力なしとレッテルを張る効率至上主義〟。二つの会社でさまざまなことを学び、帰郷した。
 小山工建は、父親・睦雄さんが1978年に立ち上げた小山建設宮之城支店が前身。1983年に小山工業を設立、2000年5月に会社名を変更、本社を鹿児島市に移した。
 実家に帰ったころ、公共工事が減少傾向にあったこともあり、今後の方向性について模索。自分のカラー(特色)を出しながら、適正な価格帯で勝負できる家を独自で売り出せるか。それとも、公共工事を取っていくべきか。再出発を控え、正直悩んでいたという。
 そんな中、住宅メーカー在職時に、鹿児島の友人から家を建てたいと相談を受け提案したところ、「高いなぁ」と言われたことを思い出した。彼は、名前の売れた企業に勤務し、給与もそこそこもらっているサラリーマン。「価格面から見ても鹿児島の人に合わせた家づくりが重要だ」と痛感した。

 お客様の希望に寄り添うには、どんな家を目指すべきか。一般的な家は、住宅メーカーの標準仕様のようで会社の特長が出せない。「35年ローンを組んで一生に一度といわれるマイホームを建てても20年経てば古くなり、そのうち飽きが来る。本物志向の家はないものか」-。悩んで突破口を探していたときに出会ったのが全国加盟店を募集していたボランタリーチェーンのサイエンスホーム(加納文弘代表、加盟店133店)だった。鹿児島県内で真っ先に手を挙げ、勉強会や事業説明会に積極的に参加した。
 サイエンスホームは、日本最古の木造建築物の伝統である真壁造りで、無垢材、外張り断熱を備えた1000万円台から造る本物の木の家。無駄がなくシンプルで、住めば住むほど味わいのある家は、まさに不可能を可能にした家だった。そこに答えを見いだし、2012年2月加盟に踏み切った。現在、サイエンスホームの九州ブロック統括部長、同鹿児島店長を務める。

内観2 鹿児島市城山町の同社鹿児島展示場にある日当瀬社長の自宅。玄関ドアを開けると、ヒノキの香りがかぐわしく、〝ふわぁっ〟とした空気感に包まれ、同時に癒やされる気分になる。そこにあったのは、まさに呼吸している真壁造りの家だった。「家づくりは大工さんの技術をベースに夢を売る仕事。そして家は生活のベースになる場。だから一番大切に思い、一棟一棟大事に〝紡ぐ心〟で建てて差し上げたい」。
 少子高齢化が進み、今後の新築住宅市場は減少傾向が予想される中、「特色を出していけば、自分たちが頑張った分その影響を受けることはない」と自信を見せる。スタッフも昨年1人、今年1人を採用して3人体制を確立した。「小規模の地場工務店の場合、年間50棟以上になると経営のバランスが崩れかねない。年間30棟規模のちょうどいい会社をつくりたい」と、堅実に先を見据える。
 課題は、若手の職人不足。「現場を預かる職人は一人親方が大半を占める中、そこで職人の雇用・育成を図り、しっかりと育ててもらう態勢を整える。お互いにメリットを生む二人三脚の連携強化が鍵を握る」と言い切る。今後のビジョンについて、自身を含めた4人体制で年間30棟の新築目標を掲げる。
 企業経営成功のキーワードは、「人と人とのつながり」。人を大事にしてお手伝いすることで、好循環が生まれる。目指すのは、ビッグカンパニーよりグッドカンパニー。好きな言葉は笑顔。その源泉になっているのは、悩んだときでもやっぱり最後は笑顔、スマイルの持続が問題解決につながる。笑顔のよく似合う若手経営者の表情は、自信に満ちあふれていた。そこには、あらゆる視点から家づくりの伝統を科学するサイエンスホームの神髄が生きる。