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住まいの創造人バックナンバー
有村 忠一 氏

更新日 2017/08/01

有村 忠一 氏

(株)創建
代表取締役

 鹿児島商業高校卒業後、大東文化大学に入学。経済学科で経営のノウハウを学ぶ。就職先として、国会議員秘書の内定を受けるも、実父危篤の知らせを受け、家業の有村木材(姶良市)に入社した。その後、28歳という若さで独立。現在のさつま町に(株)創建の前身、(有)北薩住宅生協を設立、工務店経営へと進む。創業以来の新築実績は650棟。「遺すべき家を創ってこそ、遺るべき家となる」を信条としている。趣味は海外見聞、食べ歩きなどで剣道4段の腕前。妻・裕子さんと一男一女の4人家族。姶良市在住の61歳。

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未来にいい家を遺し続ける地場工務店が使命

材木屋の未来賭けて建物を創造する会社へ

内観 1984年に創業。来期で節目の35期目を迎える。創業当時は、大工・工務店がはばかり、作り手主導の家づくりをしていた時代。「このままでは、材木屋に未来はない」と、縁もゆかりもない宮之城(現さつま町)を選び、㈲北薩住宅生協(社員5人)として創業した。理由は「これまでの販売先に迷惑を掛けたくない」との思いから。
 大学で経営を学んだが、開業となると話は別。初年度から赤字決算を強いられ、資金繰りに悪戦苦闘の日々が続いた。「思いだけでなく、自分が理解していなければ人(社員)は付いてこない」と気づかされ、あらゆる資格取得に挑戦。経営の傍ら必死に勉強し、建築士、宅地建物取引士、施工管理技士など、11もの資格を取得した。そのうち、高校時代の先輩や同級生が人脈を広げるきっかけとなり、次第に縁がつながっていく。「遠くの親戚より近くの他人」の言葉が心に染みた。
 (有)住宅生協開発への社名変更を経て、94年には拠点を出身地の姶良市に移す。組織改正に伴い、社名をOB顧客にアンケートとして募集。「私たちの思いを汲み取り、創造の住まいを建設する会社」との声をもとに「創建」に改名した。
 家は売るものではなく、住まい手と考動し、協働して創るもの―がコンセプト。「遺すべき家を創ってこそ、遺るべき家になる」は、一生ぶれることのない経営理念に据えている。
 徹底した土地探しとプランにこだわり、それを社員大工が形にしていく。断熱、耐震性はもとより、地元材、自然素材をふんだんに使って完成させる。特に、年2回行うアフターフォローは徹底する。

外観 年間の平均新築棟数は約20棟。これまでに650棟以上を手掛けた。また、リフォームの需要も多く、年間で100件ほどを受注する。さらに、ロサンゼルス郊外高級住宅地マリブの「裏千家本格茶室」や中国江西省南昌の浄土宗総本山「東林寺」法主院新築、同じく中国山東省煙台の大型温泉施設内に「純和風お迎えの間」建築など、海外からの依頼も多い。
 目指す企業像は、未来にいい家を遺し引き継げる地場工務店。社内には幸い後継者もいるが、4年前から職人不足を感じ、社員大工の育成を本格化させている。海外研修にも積極的に派遣し、品格のある職人、指名で依頼を引き受けられる大工を目標にしている。
 今では、不動産、企画設計、工事、工務の各担当が役割を理解し、モデル兼社屋には、県内外からの視察も多い。本人は海外や県外出張の傍ら、地元姶良市の「あいらびゅーFM」のパーソナリティーとして毎週金曜日「創建プラスワン」に出演するほか、「警察官友の会」の姶良支部副支部長など、業界以外の役職も務め多忙を極める。
 創業時の思いだった、作り手主導から住まい手主導を果たし、熟成期を迎えた「創建」。人と人、心と体、気持ちと技をつなぎながら、「遺すべき家」を造り続ける。