住まいの創造人
十人十色の家づくり
あなたのこだわりをかなえます
相談会で着実に会員拡大
(株)ジーテック 代表取締役社長
行德 敏郎 氏
鹿児島工業高校建築科卒業後、鹿児島市内の建設会社勤務を経て、2004年に独立創業した。会社勤務時には、研修施設、体育館、店舗などさまざまな建物の施工管理を手掛けた。平成17年法人登録、同19年有限会社から株式会社へ。好きな言葉はとくにないが「常に目標を持ち続けること」を大切にしている。資格は、2級建築士、1級建築施工管理技士。趣味は温泉入浴。家族は子ども3人の5人暮らし。会社所在地は、鹿児島市西田3丁目1-1。同市出身の52歳。
白い家に三角屋根、丸い窓―。建築家、施工会社は、その個性(こだわり)に応えなければならない。家ってなんだろう、暮らしの器とは、理想形は。鹿児島の気候風土を活かして情緒あふれる佇まいや光や緑が心地よい住空間など、想い描く家はまさに十人十色。そこをベースにして、永く安心して暮らせる住まいを描き、提供しているのがジーテック。
同社のホームページを開くと、十人十色の家づくり「自分の家」のPR文字が躍る。こだわり続ける家づくりが一番のベースになっている。個性的な家づくりを支援するためにASJ(アーキテクツ・スタジオ・ジャパン)にも加盟し、ASJ鹿児島中央スタジオも運営している。ASJとは、全国で2200人の匠・魔術師(個性を表現してくれる建築家)が、そのお手伝いをする仕組みで、発想は無限大に拡がる。
毎週第2土曜・日曜日に開催する相談会の来場者数も400人を超えている。
同社の年間実績棟数は新築約10棟、リフォームなどの増改築は約15棟。その内訳は、戸建ての新築・増改築が6割、商業施設などの店舗2割、病院や介護施設などのケアハウス2割という構成。厳しい市場の中でコンスタントに実績を積み上げている。「こだわりの住まいづくりをご一緒に」がコンセプト。「思い描いた理想の空間を形に」「限られた空間を個性豊かなスペースに」が創業時から一貫して変わらないモットーだ。
会社設立のきっかけは、より多くのお客様の笑顔を見たい―というのがスタート。「笑顔」「明るい未来」「美しい環境」「理想の空間」を追求しつづけている。会社名は考え抜いて「自分の苗字を織り込んでGYOTOKU TECHNICAL」の頭文字からジーテックと命名。ロゴマークは知人のアイデアによるもので斬新だ。鹿児島では行德という苗字は珍しく、祖父の恒夫さんは福岡県出身で家業は曳き家。父親の勉さんは大工だったというから血筋は争えない。
家づくりの一番のこだわりは、常に持ち続けるプロ意識。「ジーテックさんの家は、一軒一軒が個性的で格好いいね」という声を聞いた瞬間に苦労を忘れるという。竣工時に建物の足場を外した時に立体的な外観が現れる、その瞬間に「お客様と一緒に夢を形にできたという感動を共有できる幸せ感に浸れる」と、笑顔になった。
こうした感動の一方で、少子高齢化による建築需要の減少傾向も気懸かり。「職人不足が今一番の課題。関連業種の大工、左官、型枠大工など絶対数が不足している。一番活況を呈したピーク時に比べると約6割程度かな。優秀な職人の奪い合いも始まっている。つらいところ」と、業界の課題を見据える。「勝ち残るためには、戦略が必要で自社のメリットを徹底して売り込むしかない」と、相談会と連動した地道な営業の必要性を強調する。
相談会では、マイホームを建てたい人向けに、家づくりの基本、ファイナンシャルプランナーによる資金計画などの相談に乗っているが、「鹿児島市内では土地がない」という深刻な壁にも突き当たっている。「一時は南部地域の谷山地区に土地を求める人が多かったが、この地域も前面が道路に面している好立地の住宅地を見つけるのが難しく、条件のよい土地が入手しづらい状況になっている」と、指摘する。
顧客のニーズは勿論、資金計画、土地の確保など課題が多い中で、プロ目線による的確なアドバイスをするのが同社のポリシー。相談会についても、不動産会社と連携してお客様の困りごとにきめ細かに応えられるよう内容を変更するなど工夫も忘れない。
「時代も、顧客ニーズも変化している。お客様の障害を一個ずつ取り除いて差し上げるのがわれわれの使命であり、役割」と、あくまでもお客様目線を重視する。「心配りがうれしい」と言う相談会参加者も多い。