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地元工務店の「真の姿」

サッシ販売業から注文住宅業界へ
外断熱に工夫、健康で快適な楽暮(らくら)の家

vol.059

(株)晃栄住宅 代表取締役
仙田 次雄 氏

 鹿児島実業高校電気科卒業後、制御装置製造会社・芝電機(東京都)に入社。2年間勤務後、ガラス販売店に勤務していた父親・久朗さんの誘いもあり帰郷、仕事を手伝う。その後サッシの販売店を始め、住宅メーカーからFC加盟の話が持ち上がり、1989年に注文住宅の㈱晃栄住宅を創業、今年で節目の30年を迎える。2級建築施工管理技士、宅地建物取引士。妻・まち子さんと一男一女の4人家族。現在夫婦2人暮らし。孫は3人。趣味は美術館巡りと映画鑑賞。鹿児島市出身の65歳。

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 会社を立ち上げる前はサッシ販売の設備業。建設業の資格も持たず、建築に至っては素人。そんな折、大手住宅メーカーからFC加盟についての誘いが。「なかなか決断する人がいなかったため仕方なく自分が手を挙げた。設備業界からの転身。住設企業の研修を徹底して受講したことが基礎になっており、自信があった」と、当時を振り返る。
 創業時は、社員数人と一緒に考え、もがきながら夜中まで必死に仕事をする日が続いた。経営を軌道に乗せるまでは、どうすれば売れるか、提案時には何を足すか、何を引くか。試行錯誤の連続だった。FC加盟時に現場を経験しながら住宅建築の基礎を勉強。まさに、走りながら考える経営だった。過去、2回のFC加盟を経験し、2005年にFCを退会。自社ブランドの晃栄住宅を柱に据えた。14年には高気密・高断熱の超省エネ住宅『楽暮(らくら)の家』の販売をスタートし、市場価格を考慮した、買い求めやすい値ごろ感にもこだわっている。

 60歳を前に喘息を発症。毎年スギ花粉に悩まされた。7年くらい前にドイツを視察。そこで、パッシブハウスを見学し、健康を守る住まいについて勉強したことが、怪我の功名となり『楽暮の家』の開発につながった。桜島の降灰、PM2・5、スギ花粉、台風、暑さなど、鹿児島は家を建てる立地条件・環境の厳しい地域。この条件を克服するためにたどり着いたのが楽暮の家だった。
 外断熱で家の外回りを隙間なく囲い込み、極力外気を遮断。例えると魔法瓶のような状態にして、年間を通してエアコン1台ですべての部屋の平均気温・湿度を一定に保ち、フィルター付きの熱交換換気システム『澄家』で家の中の空気を浄化、快適で健康になれる住まいが『楽暮の家』。
 ここに至るプロセスの確立には、窓の気密性を学んだ設備屋時代の経験が生きる。「必死になって勉強した提案力が自信につながった。部屋の気密性、出窓のデザイン、見積もり書の作成、お客様の立場に立った提案、課題解決に目を向けた発想の転換、顧客満足度追求のポイントなど、その頃の影響が大きい」と、分析する。

 家の引き渡し後のアフター・メンテナンスでは、積極的に出向いての点検に力を入れる。約20年前から開いている「お客様感謝の集い」には毎年5‐6百人が参加。情報交換しながら交流する場に育っている。ファミリーが一堂に会し、おいしい料理を囲み主婦目線の〝井戸端会議〟として盛り上がる。
 お客様の口コミで紹介客が増え、新築の年間戸数は140棟と順調に伸びており、11年には累計2000棟を達成。今年9月には2600棟と伸ばし、県内でもトップクラスの住宅会社に成長した。ベテランの社員大工が在籍する工務部を中心に、最適な提案を行うインテリアコーディネーターなど、総勢60人のスタッフがそろい、売上高30億円台も見えてきた。
 目指す企業像は、常に進化しながら発展する会社。お客様と価値観を共有し、一緒に感動できる会社。そして元気をもらい、お客様と共に成長できる会社へ。社是は情熱と誠実。企業コンセプトは、理論的に家づくりを解析し、お客様のニーズに的確に対応、そして社員の役に立つ会社。「そのためにオンリーワンを維持しながらお客様にとって№1の家づくり」を目指し続ける。

更新日:2018/10/01

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