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地元工務店の「真の姿」

きれいな現場から生まれる美しい家
安心・安全を売る体制の構築が一番

Vol.071

㈱Misumi ホームライフ事業部長
脇田 敏 氏

鹿児島経済大学(現:鹿児島国際大学)経済学部経営学科卒業後、三角住宅設備機器㈱(現㈱Misumiホームライフ事業部)に入社。住宅設備機器部門、ケンタッキーフライドチキンの店舗、本部・経理部門などを経験し、2013年からホームライフ事業部長に就任。新エネルギー、リフォーム、ハウジングライフプランナーなどの資格所有。妻と二男一女の5人家族。趣味はゴルフとマラソン。好きな言葉は「地道な努力の末に生まれる信頼」。鹿児島市出身の61歳。

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 同社の歴史は、1907年(明治40年)に熊本市で三角己之八氏が日本石油と特約店契約を結んだのが始まり。その後、同氏三男の光雄氏が人吉で分家独立し、石油販売をスタート。鹿児島県内では、三角商店として石油製品の販売を始めた。
 その後、石油販売をベースにLPガス事業などに参入。住宅、外食のKFC(ケンタッキーフライドチキン)、鹿児島日東タイヤ、オートラマ鹿児島、ブックスミスミ、ゴルフ場など関連会社を設立して事業を拡大。Misumiグループは、一部商社機能を併せ持つ18事業を展開する大きな企業に育っている。
 1970年に設立した三角住宅設備機器㈱がミスミハウスの前身。2009年には、鹿児島市伊敷台に提案型のMisumiショールーム・エコ住まいる館を開設。翌年には「リファインショップミスミ」(現PanasonicリフォームClub)を設立、ホームライフ事業部の拠点となっている。13年には子会社の㈱ミスミ建設を吸収合併、現在に至る。ミスミハウスの年間新築棟数は平均20棟。これまでの累計は約2000棟を超え、リフォーム、リノベーションも順調に推移している。
 兄が県外に就職した脇田さんは、自分は地元に残ろう-と、県内企業への就職を決めた。入社した理由を尋ねると、「鹿児島では比較的大きな会社。いろいろな仕事に携われて楽しそうだったから」。高校時代はテニス部に所属していたこともあり、フットワークの良さが身上で軽快な行動派。エネルギッシュで何でも挑戦する性格は、社是の「夢に、前向き」とシンクロする。

 家づくりのコンセプトは、「災害に強く、安心・安全な家」。そして地域密着のフォロー、メンテナンスを確実に行い「お客様に家を売るのではなく、安心・安全を売る体制の構築」を強調する。災害に強い家として推奨するのはパナソニックの木+鉄で建てる、第三の工法 「テクノストラクチャー」の家。「縦だけでなく横にも強い」というテクノビームの特性を活かして「構造上の強度に優れ、間取りが広く取れてデザインがしやすい」ことをメリットに挙げる。熊本地震でもテクノストラクチャーの家で半壊以上は一棟もなかったことが自慢だ。388項目の厳しい構造計算基準を設定して、建てる前に一棟一棟緻密な災害シミュレーションを行うのも確かな家づくりの信頼につながっている。
 ホームライフ事業部のスタッフは20人。「お客様の要望に耳を傾けて、お客様の立場に立った家づくり」「基本を大切に揺るぎない信念を持って地道にコツコツと」を部下に言い聞かせ、自身が体験した「整理整頓された現場、段取りの良い作業からきれいで美しい家が生まれる」の重要性を説く。
 住宅業界の今後について、「少子高齢化などで減少することは分かっている。そこを何で補い、いかにしてシェアを上げるか、その一点に尽きる。変化に対応するアイデアと対応力が勝負」と分析する。これまで社内の各部内で得たことは大きいと思うと同時に、現在は「家が完成する過程に合わせ、お客様が笑顔になっていくのが一番の楽しみ」と語る脇田さん。地道にコツコツと-を身上に地域一番店を目指す姿は実に頼もしい。

更新日:2019/10/01

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