住まいの創造人住まいの創造人

地元工務店の「真の姿」

心地いい住まいと暮らしを発信
家づくりのルールは、自然を生かし情愛を育むこと

vol.037

(株)シンケン 代表取締役
迫 英德 氏

 10歳のころ「家をつくることを仕事にしたい」との思いを抱いて大工の棟梁に弟子入り。以来、基礎、屋根、建具、大工、現場管理、営業など建築に関わる仕事を経験、1977年に地場工務店㈱シンケンを設立。独自の手法でシンケンスタイルを確立、鹿児島、福岡を中心に約1700棟の家づくりの現場に関わる。その家づくり・経営手法は、全国の工務店経営者からも注目を集める。6人家族で現在夫婦2人暮らし。本社所在地は、鹿児島市下荒田4-49-22。2017年秋には、薩摩吉田インター近く、丘の上の「新天地」に移転予定。同市出身の66歳

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 独自の設計手法で県内外の工務店から注目を集めるシンケン。来年、節目の創立40周年を迎える。頂いた名刺には「自由になる家、もっと。―SINKEN STYLE」とある。「家は居心地が良くて、暮らしに合わせて変えられる性能の高い器であれば、余計なものはいらないと思っています。暮らす楽しみが残された家がいいですよね」。そんなシンプルなコンセプトながら、自然を生かした心地よさ、家族のコミュニケーションを深める設計など、細部まで考え抜かれた住まい手目線の家づくりで全国にシンケンファンがいるのも頷ける。

 同社の創業は1977年。10歳のころ、木を削り鋸で切り、組み立て、物が出来上がって行くさまに興味を覚え、大工の仕事に価値を見出した英德少年。以来、家をつくることを仕事にしたいとの思いが強くなり、大工の棟梁に弟子入り、家づくりの基礎などをみっちり学び、念願の地場工務店を創業した。27歳だった。
 昔から、疑問に思ったことは理屈をとことん突き詰めるタイプ。「ぼくは天邪鬼だからね」と笑い飛ばすが、物事には「理由があって方法がある」との信条で、自身が納得できる仕事の手法を突き詰め、実践を積み重ねる中で、独自の設計スタイルを見出した。
 社名は、個人の姓を付けてもあまり意味はないと、信用の信と研鑽の研をかけてシンケンとした。自分や仕事を磨くことで信用が育まれるとの思いも込められており、目標達成(成果=果実)のために、幹・枝葉を育てる戦術、土壌を肥やすための思想・理念を掲げて価値観を社員と共有、粘り強く進める経営を実践する。
 思想の根源は「悠々と綿々とあるために」。「家づくりは、建てて終わりではなく、建物がある限りお客様との関係が続きます。企業経営は一時的に良くても意味がなく、社会から必要とされ続ける企業でなければなりません」。そのために仕事で一貫しているのは「信の醸成」。企業の歴史を「信頼の輪」という木の年輪に例えて、目の詰まった強い木を育てることを大切にする。
 同社がこれまで手がけてきた住宅は、鹿児島、福岡を中心に約1700棟。住まい手目線で一棟一棟紡ぐように建て、お客様と共に、悦び、信頼の輪を育んできた。
 2011年の九州新幹線開業に合わせていち早く福岡へ進出。「福岡はアジアの玄関口で人が集まる人口増加地域。10年先のことを考えて先の手を打っておく必要があった」と、その理由を語る。「今は鹿児島が八、福岡二の構成。段々逆転していくでしょう」と、大胆に先を読む。

 効率性、安全衛生、利便性、快適性の4つの視点で未来の住宅を志向した座標軸がある。助成金制度、工法・各種システム、サービスなど何を基準にし、優先するかの判断は人によって分かれる。その座標軸のマップを前に、迫社長は「何か感じませんか」と、問いかける。「快適性の方向軸は空白が多いでしょう」と指摘して見せた。効率性を追うあまり一番大切な快適性が、おいてけぼりにされている現状が見えてきませんか―迫社長は、自問自答するように、少しおどけて見せた。
 「家づくりには規格化・大量生産の〝販売業〟と、現地・個別対応の〝創造業〟がある。当社は後者を選択、お客様のために効率性だけでなく心地いい居場所づくりを目指しています」と、迫社長。「これからの住まいは、〝つくる〟ことに加えて〝育てる〟という考え方が重要。常に住まい手目線で考え、実践すること。居心地のいい家、住まい手の暮らしが『自由になる家』をお客様とともに育て、同時に暮らしを育てるお手伝いをします。グループ会社のシンケンユーザーズサポートでは、日常の『困った』を『よかった』に変えるだけでなく、その先の豊かな暮らしを育てます」。住まい手目線の家づくりに賭ける迫社長の熱い思いは一貫している。
 グループ全体のスタッフ数は社員101人、準社員20人。

更新日:2016/12/01

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