住まいの創造人住まいの創造人

地元工務店の「真の姿」

安心して頼られる工務店目指す
病を克服し、天職と受け入れ大工道を選択

vol.065

㈱桐富工務店 取締役
桐木平 和也 氏

薩南工業高校建築科を卒業。その後、家業の建設業を手伝いながら修業。2017年9月の会社組織変更を機に取締役に就任。事業継承を決断する。「現場が先生だった」と言うように、現場第一主義を重視している。2級建築士、2級建築施工管理技士、1級建築技能士の資格を保有。趣味は仕事以外を模索中。南九州市川辺町上山田出身の34歳。独身。

地図

 南九州市川辺町から枕崎市へ抜けるのどかな農村集落の中に本社がある。和也さんは、4人兄妹の長男としてここで生まれ育ち、小さい頃から図工が得意でモノづくりが好きな少年だった。もともとは農業を営んでいた桐木平家。腕が器用だった父親の社長が大工をしていた姉婿の影響を受け、1978年、23歳のときに桐富工務店を創業した。
 高校卒業時にヘルニアを患い、念願だった県外就職を諦めた和也さん。18歳と28歳のときに、手術のため入院、リハビリを繰り返しヘルニアを克服した。夢を描く18歳。腐ってもおかしくなかったが、しっかり病気を克服。家業継承に専念した。
 会社には小さいころからよく知っているベテランの大工さんが3人いた。父親と、この大工さんが師匠だった。さまざまな現場を経験する中で鍛えられた。いろんな苦労、辛さがありながらも、「我慢」と自分の心に言い聞かせた。「仕事場も家庭生活も一緒で常に父親と顔を突き合わせる環境。そんな中、親子ゆえに父との衝突もあったが、辛抱強く反省・前進を繰り返す中で経営者としての資質を磨いた。「自ら宣言して飛び込んだ大工道の世界。周囲の人たちに鍛えられ育った。今にして思えば、基本の大切さを理解できるまで地道に教えてくれたのは父だった。収穫も多かった」と、修業時代を振り返る。

 経営理念は「何事も基本に忠実に」。経営については、周囲の自営業者らから聞きかじりで学んだ。若いこともあり、先輩たちからかわいがられ、今もしっかり教えてもらえる環境が整っている。さまざまな分野の人との異業種交流が役立っている。家づくりのコンセプトは、「材料の良さ(命)を生かし、そこに住まう人が住みやすく、長持ちする(次代へ住み継げる)家」。梁や柱を見せ、無垢材の良さを演出する中で木づくりのよさを伝え、木とふれあえる家づくり。同社が開催した見学会に来場したお客様から「何も言うことはない」と、二つ返事で注文をもらったこともあり、大きな自信になったこともある。
 「家づくりは、小さい部分までこだわり、ごまかさない丁寧な技術。そしてお客様に最後まで寄り添う心がお客様に響くことを知った。構造面の強化という観点からもスーパーウォール工法を採用。高気密・高断熱の住まいづくりを視野に入れている。機能、性能、デザインがバランスよく配置され、コスト面、強さでも優れた家が次の世代に永く住み継げる家の基本」と、使命感に燃える。

 現在の年間新築棟数は元請け1~2棟。下請け2~5棟程度。リフォーム、リノベーションは30~50棟を数える。顧客ニーズをしっかりくみ取り、地域密着で1棟ずつ丁寧に仕上げる手作り感のある住まいづくりを基本にしている。
 従業員は、社長夫妻も含め7人体制。若い世代も育っている。入社3年になる33歳、3カ月目の27歳の若手。2人とも和也さんを頼って入ってきた。「できればもう一人入れたい。この世界は、本人がこの仕事が好きかどうか。自信をつけさせ本人のやる気をどう引き出してやるか。仕事の魅力発信も大事」と笑顔で語る。友達感覚を大切にしながら自然体で受け入れ、ひょうひょうと語る人柄が頼もしい兄貴に映っているのかもしれない。
 目指す企業像は、お客様が安心して頼れる会社。「そのためには、日頃からのお互いに信頼関係を維持することが大切。お客様をしっかり確保し、経営を安定軌道に乗せるのが当面の課題」と、若手経営者は先を見据える。

更新日:2019/04/01

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